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#2 現状を分析します(2)

 |藤倉紅子《ふじくらこうこ》。
 短大を卒業してからIT業界に身を置いてもう七年目だ。職種はいわゆる|システムエンジニア《SE》……なのだが、このSEというのもなかなか業務のカバー範囲が広くて業務内容を正確に伝えるのは難しい。主な業務はシステムの要件定義や仕様策定である。故にワードやエクセルと睨めっこする時間は非常に多い。他にも顧客との打ち合わせも頻繁に行う。営業活動にも同行する。サーバーの構築やメンテナンスだって自分でしたりする。いろいろ多忙な毎日ではあるが、幸いなことに比較的休みも取りやすい環境ではあるし、周りからもそれなりに認めてもらっているし、仕事には概ね満足している。
 そんな日常を、彼女は過ごしている。

 そんな紅子にも悩みがあった。いや、正確にいうなら、不満というか疑問というか憤りというか。そんなモヤモヤした気持ちを解決させるため、紅子は仕事を早めに切り上げて、行きつけの大型書店にいる。

 ……その「不満」や「憤り」について、一言二言、いや山のように言いたいことがあるんですけどねー。

 紅子は沸き起こる怒りを抑えつつ考える。

 ……要は愚痴なんですけど。ま、現場の不平不満から業務が改善されることもあると言いますし。

 この仕事って、言うなら顧客のIT環境をマネジメントしてお金もらってるわけじゃない? だよね。でもさ、自分たちのマネジメントが全然できてないじゃないか、と思うわけよ。もう。これ致命的じゃない? 工数管理とかさ、ちゃんとやんなきゃいけないのに、いつもなあなあになってんの。

 あとさ、ファイルの管理とかまるっきり出来てないんだよね。ルールがないから適当にフォルダ作って保存してさ。んで何かの度にファイルがないファイルがないって騒ぐわけ。あと、どのファイルが最新なのか誰もわからない。「課題管理_4」と「課題管理_20170110」と「課題管理_20170110_4」、どれが一番新しいの? 全部必要なの? んで整理しようとするとギャーギャー言いだす。なにこれ。いいのこれで?

 じゃあ他のツールなり何なりがあるんじゃないかと思うんだけど。結局みんな自分でエクセルで管理するんだよねー。何でみんなあんなにエクセルが好きなんだろう。しまいにゃ仕様書も報告書も全部エクセルで書く。それはマス目付きのワープロじゃねえんだよ! あーもう! ……ごめんなさい、ちょっと取り乱した。

 そういうことって昔からあるのかもと思って、さっき辞典のコーナーでことわざや慣用句を探してみたらありましたよ。『医者の不養生』。『紺屋の白袴』。まさにこれだね。昔の人も苦労してたんだな。ことわざ覚えたって問題が解決するわけじゃないけどさ……

 などと強い憤りを感じている紅子ではあるのだが。とは言いつつ、じゃあどんな方法が正しくてどんな方法なら浸透するのかと問われると、悔しいかな紅子には答えの持ち合わせがない。だから今こうして、それっぽい棚に並ぶそれっぽい書籍を次から次へと眺めているのだ。
 しかしまあ、いろんな手法があるもんだ。紅子は感心する。タスク管理だとか仕事術だとか開発手法だとかライフハックだとか。リーンって人の名前かしら。明日からでも簡単にできそうな手法から、本格的なツールを導入する手法まで、様々な参考書が並んでいる。それだけ困っている人が多いと言うことだろう。
 などと本棚の隅から隅まで眺めていた紅子の目は、その中の一冊の本に釘付けになる。

『|Redmine《レッドマイン》で始める人心掌握術』。

 そのタイトルに紅子の心は踊った。そうなのだ。IT業界だとか何だとか言うけれど、結局一番の大敵は人の心であり、人心を制するものが仕事を制するのだ。面倒だ、という心。なぜ自分だけが、という心。まだ大丈夫だろう、という心。物事が上手くいかない原因を探るためには、これらの心を理解した上で対処する必要があるのだろう。この著者、良くわかってる。
 また『Redmine』という名前も、技術系の情報サイトで記事を読んだ記憶がある。確か、元々はソフト開発におけるバグ管理システムだったものが進化し、プロジェクトだとかチーム全体のタスク管理ができるソフトウェアだったはずだ。いいものだったら是非職場への導入を提案したいな。あと名前もいいよねー。|紅《レッド》とか。

 さっそく中身を確かめてみたいのだが、問題が一つある。一番上の棚に置かれており手が届かないのだ。店員を呼ぼうかと辺りを見渡したところ、近くの小さな踏み台が目についた。あれに乗れば届くだろう。紅子は踏み台を持ってくると、その上に乗り、思い切り背伸びして手を伸ばす。もう少し。さらに手を伸ばす。しばらく手足をプルプルさせた後、紅子はその書籍をしっかりと掴んだ。

 ……視界が大きく揺らいだ。